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対談:千村保文と夢請負人たち 小出 勝義(事業本部 マルチメディアメッセージングビジネスユニット長)

小出 勝義
小出 勝義(こいで かつよし)
1961年、新潟県生まれ。
新潟大学 工学部情報工学科卒業後、沖電気工業に入社。
2008年10月、OKIネットワークス
マルチメディアメッセージングビジネスユニット長に就任、
現在に至る。

「夢」をテーマにお客様の夢を叶える夢請負人たちの、思いや意気込み、事業戦略、プライベートなどをご紹介する本対談。

今回は、国内コンタクトセンタ市場でトップシェアを保持し続けている「CTstage®」を主管する「マルチメディアメッセージングビジネスユニット」のビジネスユニット長(BU長)、小出勝義に話を聞きました。

ナビゲーターは、IP電話の普及推進活動の一人者・千村保文が担当します。

[2009年6月25日掲載]

「コンタクトセンタ」の枠を超えて、"顧客対応業務"により役立つ新商材を作る

千村 小出BU長とは職場で接する機会が多いので、ついつい「忙しいですか?」と切り出してしまいそうですが、仕事の話は後でじっくりお聞きするとして、まずは私の知らない幼少・学生時代のことを教えてください。

小出 私は大学卒業まで生まれ故郷の新潟で過ごしました。小さい頃は、いつも学校を終えるとどこかで遊んで夕暮れに家に帰るというやんちゃな子供でした。ただ、親にいろいろ注意されたり、「宿題をやれ」と叱られたこともないので、手のかからない"よく遊びよく学ぶ子"だったと思います。

千村 それは羨ましい限りです。小出さんは、体型もしっかりしていますが、スポーツは何かやっていたのですか?

小出 中学時代にバスケットボール、高校時代にはハンドボールをかじりましたが、大学では特定のスポーツにのめり込むことはなかったですね。それと、会う人によく「ラグビーをやっていましたか」と言われ、社内でもそう思われている節があるのですが、残念ながらそんなことはありませんので、ここで念を押しておきます(笑)。

千村 ほお、そうですか?私もてっきりラグビーをやられていたかと思っていました。失礼しました。ところで、子供の頃の夢は何でしたか。

小出 勝義

小出 父親が建具屋をやっていたのですが、一緒に働いている大工さんの仕事がとても格好よくて、「将来は大工になりたい」と思っていました。高校に入ってからは地層や鉱石に興味を持つようになり、大学に進む時には「地学の先生を目指そう」と考えたこともありました。そうしたところから結果的に工学系の道を歩むことになったのです。

千村 OKIに入社した理由は何ですか?

小出 まず、大学を卒業したら新潟を出て関東方面で就職しようと思っていたこと。ただし、人ごみが苦手なので東京以外にもオフィスがある会社を探していたこと。そして、ニュースに取り上げられるような最先端の業界で仕事をしたいと考えていたこと。この3つの希望をすべて叶えられるのがOKIでした。

千村 入社して高崎事業所に配属になったのでしたね。

小出 そうです。高崎には15年ほど席を置き、主に「OKITACシリーズ」の通信制御装置の回路設計やPC用・銀行向けATM用の通信ボードの設計に携わりました。1996年に「CTstage」が企画された段階から、その業務に従事し、その後、東京・芝浦に移り、社内ベンチャー制度でマルチメディアメッセージングカンパニー(MMC)が発足した2002年に現職場の埼玉・蕨に異動となりました。

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組織環境の変化でステップアップしたビジネス展開が可能に

千村 MMCはOKIの中でベンチャーカンパニーの先駆けでした。その頃の思い出、苦労したことなどを聞かせてください。

小出 OKIが「情報と通信の融合」を標榜し、その具体的な商品として「CTstage」が企画されたのですが、私はハードウェア部分の検討メンバーとして加わりました。人員は開発系の数十名規模でスタートし、最終的に100名程度まで拡大しました。
業務の中身は、商品の企画・開発からブランディングやプロモーション活動、サービスメニュー作り、フィールドサポート等々、いわゆるバリューチェーンの最初から最後までをMMCの中ですべて行いました。当初は開発部隊が母体でしたから、プロセスの中のいたるところが欠如していて、それをどう埋めるか、どう強化するかということにかなり苦心しましたね。

千村 私はその頃、VoIP関連ビジネスの立ち上げに携わっていたのですが、傍から見ていても非常にアグレッシブでしたし、開発出身のMMCのメンバーと一緒にイベント絡みの仕事をする機会があった時には、現場の一切を仕切っている姿に「そこまでするのか」と衝撃を受けました。新市場を開拓するという同様のミッションを進めていた私にとって、MMCのやり方は良い手本となりました。その後の商品展開で一生懸命に真似をしましたよ。

小出 そう言っていただけるととても嬉しいですね。もちろん、MMCのメンバーも皆、いろいろ苦労はしましたがとても貴重な経験ができたと思っているはずです。

千村 MMCは2008年10月、当社のマルチメディアメッセージングビジネスユニット(MMBU)となったわけですが、この変化をどのように受け止めましたか。

小出 「これで次のステップに踏み出せる」と思いました。実は、100名規模のベンチャーカンパニーですべてをこなしていくために個別最適化で頑張ってきたのですが、限界も感じていたのです。MMCは「CTstage」によってコンタクトセンタ市場で確固たる地位を獲得しましたが、そのビジネスだけで成長を維持していくのは難しいと思います。やはり、より大きな組織体の中で人材の交流、技術の交流を図り、他の商材と組み合わせた新たな形のプロダクトやソリューションを生み出していかなければなりません。
そういう観点でベンチャーカンパニーの限界が見え始めていた時に、OKIネットワークが設立され、MMCの事業も移管されることになりました。通信分野の英知が集約された組織環境の中で事業を進められるようになったわけですから、このチャンスを生かして、MMCからステップアップしたMMBUとしてのビジネスを展開していきたいですね。

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新商材のポイントは"2つの強みの融合"

小出 勝義

千村 MMBUの長として、今後のビジネスをどのように進めていく考えですか。

小出 10年以上にわたって提供してきた「CTstage」は、非常に限られたお客様からどんどん枠が広がり、現在ではほぼすべての業種で利用いただけるようになりました。とはいえ、コンタクトセンタという市場がまだまだニッチであることは確かです。
では将来どうなるかというと、企業にとって顧客とのコミュニケーションがますます重要になっていきますから、その業務を効率的・効果的に遂行できる機能やシステムは、企業の中でもっと広く活用されるものになると見ています。極論すれば、「コンタクトセンタ」という呼び方が不要になるくらい、企業活動において当たり前のものとして根付いていくということです。そのような時代に向けて、どのような商品を開発し提供していくかが、われわれにとって非常に大きなポイントになると思っています。

千村 具体的なプロダクトのイメージはありますか?

小出 OKIの一番の強みは、何といっても電話インフラですから、これにコンタクトセンタ市場で培った機能を融合させられればと思っています。奇しくも、電話システムの世界では、IP化に伴って「ユニファイドコミュニケーション」が脚光を浴びています。これは、「CTstage」を発売した当初にアピールしていた「ユニファイドメッセージング」の進化型ともいえます。この点を捉えれば、両者が目指すべき方向は非常に近しいのではないでしょうか。

千村 言い方を変えると"原点回帰"なのかもしれませんね。コンタクトセンターシステムというのは、もともとPBXの一機能だったACD(Automatic Call Distribution:自動呼分配)や音声応答などを専門部署向けに特化・高度化させてきたものと見ることもできます。それが、お客様である企業のニーズの変化--顧客とのコミュニケーションの重視によって、システムの統合化が求められるようになるということです。しかも、電話システムの中身も今やコンピュータですから、あえて「CTI」(Computer Telephony Integration)と強調することなく、統合も比較的容易に実現できると思います。

小出 確かにそうですね。もちろん、実際にどのような形の商品にしていくか、ネーミングをどうするかなど、社内でいろいろと調整は必要でしょうが、当社の強みを融合しない手はありません。それによって、お客様が通常の業務の中でも便利に使っていただける新たなプラットフォームが提供できると思います。

千村 次のステップとして、グローバル展開についてはどう考えていますか。

小出 現在のところ「CTstage」の海外展開は中国のみにとどまっていますが、将来的には他の国・地域にも積極的に打って出たいという考えは持っています。ただ、コンタクトセンタ分野はお客様にかなり密着した提案が必要なので、SI力がないとなかなか難しいと思います。中国の場合は、自らSIまで行うことで成功を収めることができましたが、グローバルな市場を狙うには、現地で力のあるSI会社とうまく連携しなければならないでしょう。
他方で、SIを必要としない、手離れのよいプロダクトを用意するという手段も考えられます。現時点ではあまり優先順位の高い戦略ではありませんが、海外向けに新商品を開発していくことも、頭の片隅に置いています。

千村 最後に、プライベートでの夢を教えてください。

小出 まずは、まだ小さい子供をしっかり育てて独り立ちさせるというのが現実的な夢ですね。それと、「海外に移住して余生を送るのもいいな」ということを考えています。もちろん、実際にそうするとしたらハードルも多くあるでしょうし、妻にも話したことがないので「だめ」と一蹴されてしまうかもしれませんが、先々の夢としてあれこれ考えるのも楽しいと思っています。

千村 本日は、ありがとうございました。

編集後記(千村 保文)

千村 保文

小出さんは、若いながらもBU長を担当され、事業の成果も出されています。私とは対象的に体型もしっかりした好青年です。今回の対談での新たな発見は、小出さんは体型とは異なり、意外と繊細な神経を持つ、優しい方であるということです(失礼な表現ですみません。人は見た目で評価してはいけないということです)。

100名程度の部下を持ち、事業を推進するには、多くの障壁に日々立ち向かわなければなりません。しかし、小出さんはコミュニケーションの達人です。その理由は、聞き上手、質問上手だということです。今回の対談でも、後半には私の質問をよく聞いたうえで、逆に私が質問を受ける場面もありました。

OKIネットワークスの事業は、大半がコミュニケーションをするための道具です。その商品を開発し、販売する人間がコミュニケーション下手ではいけません。他人の話をよく聞いて、よく話しをすることも、私たちの大事な商品です。私は、つい自分が話したがってしまう性質ですが、小出さんとの対談を通して、「コミュニケーションとは」ということを考えさせられました。

この対談コラムで、一番勉強になっているのは、実は私なのかもしれません。

千村 保文(Yasubumi Chimura)
株式会社OKIネットワークス  経営企画部  エグゼクティブ・スペシャリスト
兼 OKIネットワークス  事業本部  セキュリティ・アンド・モビリティビジネスユニット
兼 OKI  キャリア事業本部事業統括部  上席主幹
兼 OKI  IP電話普及推進センタ(IPTPC)  センタ長

 

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