対談:千村保文と夢請負人たち 千村 保文の番外編コラム

昨年10月から対談形式でお届けしています「千村保文と夢請負人たち」ですが、今回は私「千村 保文」の「夢」を語るコラムを掲載させていただきます。
私のコラムは「IPコミュニケーションの明日を語る」というテーマで4年半ほど掲載してきましたが、ときどき「千村さんのコラムを読みたい」という、とてもニッチなご要望をいただくこともございます。
そこで、今回は突然ながら「夢請負人・千村 保文の『夢を語る』」を番外編のコラムとして執筆しました(好評ならば、今後の対談の合間にも続けさせていただくかもしれません)。
[2009年2月24日掲載]
標準化議長の楽しみ
1月23日の総務省・情報通信審議会・情報通信技術分科会・ITU-T部会(通称「ITU-T部会」)にて、私がITU-T部会下の「プロトコル委員会」の主査に指名されました。ITU-T部会は、スイス・ジュネーブに本部を置くITU-T(国際電気通信連合・電気通信標準化部門)の活動へ対処するための日本委員会です。ITU-T部会には、専門技術別に10個の委員会が設けられています。
今までは、この委員会の主査(いわゆる"議長")は、当該分野を専門とする大学教授などの有識者が務められてきました。しかし、海外諸国では標準化を企業戦略の中核に据える民間企業の要職の方が就任するケースが多くなってきました。そのようななか、昨年10月に開催されたWTSA-08(ITU-Tの総会)においてITU-Tの研究委員会(SG)の再編が行われ、それを受けて日本委員会の体制の変更および主査の変更が行われました。この機会に10個の委員会のうち、3個の委員会について民間企業から主査が指名されました。私は、そのうちの1人として「プロトコル委員会」の主査を担当することになりました。
少し「プロトコル委員会」のご説明と、私の標準化関連業務の職歴をご紹介しましょう。
「プロトコル委員会」は、ITU-T 第11研究委員会(SG11)における通信事業者のネットワークで用いる信号制御手順、一般的に「プロトコル」と呼ばれる技術の標準化に対して、日本としての対処方針や寄書の審議を行うことが主な役割です。参加される委員(正確には専門委員という)は、SG11やSG13の副議長をはじめ、他の標準化団体で活躍されてきた専門家ばかりです。また、幅広い視点から委員を支援いただく意味で、NHKやTTCなどからも有識者の方に参加いただいております。2009年度のプロトコル委員会では、NGN(次世代ネットワーク)において事業者網の間、およびNGNへ接続する端末間の相互接続性の問題を中心に議論する予定です。「相互接続性」の問題とは、「安心・安全に様々な端末や網がつながるようにする」ということです。ネットワークの技術は複雑であり、プロトコル仕様の策定以外にも、製品を開発するうえでの多くのノウハウも必要です。そこを企業の垣根を越えてお互いがオープンにしてゆくことで、安心して使えるサービスになると考えます。
そのような大変な仕事ですが若輩者の私としても、OKIに入社以来、次のようないくつかの通信システムの標準化に携わってきましたので、その経験を少しでも活かせればと考えています。
私は1981年にOKIに入社後、ファクシミリなどを用いたメールシステムの開発を担当する傍ら、MHS(メール処理システム)やパケット交換の標準化に関与しました。1990年頃になると、高速パケット交換技術の開発のため、ATMフォーラムに参加するようになりましたが、海外出張に出かけるたびにインターネットで使われ始めたIP(Internet Protocol)という技術に興味を持ちました。当時は音声や映像に使えるような回線速度ではありませんでしたが、私の中ではATMの技術とIPがつながり、IPで音声や映像をやりとりするのが当たり前のように感じていました。ちょうどその頃にVoIP(Voice over IP)の開発に着手しましたが、調べてみると世界中でVoIPの技術開発が進んでおり、標準化も始まっていました。そこで参加したのがITU-T SG16でした。SG16では、H.323というプロトコルをVoIPで使えないか、ということがテーマのひとつになっていました。H.323は、もともとマルチメディア通信用のプロトコルとして開発され、今でもTV会議のシステムで使われています。私は、このプロトコルを電話やファクシミリで使うための技術検討の会議にも参加しました。
このようにいくつかの標準化会議に参加してきた私ですが、H.323の標準化会議では今までの常識がいくつも覆されました。その代表的なショックは「標準化議長の役割」というものでした。それまでの私の標準化議長に対するイメージは、「見識」があり、「物静か」で中立的な対応ができる「社会常識」ある「大人(高齢者)」でした。H.323の会議の議長は、当時SonusNetworksというアメリカの会社のVP(Vice President)をしていたデイル・スクラン(Dale Skran)という方でした。
このスクラン氏は、私の標準化議長へのイメージを一機に変えました。まず、スクラン氏は、よくお話しになる方です。あるテーマの検討の初期は、スクラン氏が半分くらいの時間は一人で話していたのではないかと思うくらいです。議長と言うと提案に対して「意見はありませんか」、「ないようならば、次に行きます」、「いまの議題について、評決をとります」など淡々と審議を進められる方が多かったのですが、スクラン氏は「私は、こう思う。何故なら、アメリカでは・・・だ。」「他は、どうか?」と自分の意見を積極的に発言し、議論を誘発します。そうなると世界中から専門家の集まっている会議です。誰かが、何かを発言します。従い、H.323の会議はいつも予定通りに進行しませんでした。議論は深夜まで至り、やっと夕食に行くと、そんな時間に開店しているレストランも限られるため、主要検討メンバがまた顔を合わせます。そこで、また議論(どちらかというと夜のレストラン会議に参加できたかどうかが大事だったような気もします)。
そして、帰国日も押し迫ってくると、スクラン氏は今までの議論のまとめを提示します。「えっ、昨日も深夜まで会議していたのに、いつ資料を作ったの?」と疑問になるほどのバイタリティでした。いつも楽しそうに会議を進めていた姿から、H.323というプロトコルは私にとっては「Skran Protocol」です。そのような経験から、「標準化議長」という仕事へのイメージは変わり、私もスクラン氏のように会議を取り仕切り、いつかは、「Chimura Protocol」を作ってみたいと思うようになりました。

最近、日本の標準化での貢献度が話題になることもありますが、日本には多くの標準化エキスパートの方がいらっしゃいます。私などは未だ若輩者の小僧です。そんな私が「大事なプロトコル委員会の主査でよいのか?」と不安になることもありますが、スクラン氏が教えてくれた「標準化議長の楽しみ方」を少しでも実践して、プロトコル委員会がバイタリティに溢れ、参加希望者が多すぎて困ると言われるくらいにしたいと思っています。ちなみに、先日開催しました第1回プロトコル委員会でも多くの発言をいただき、予定時間を1時間以上も延長してしまいました。私もだいぶ発言しましたが・・・。
最後に、プロトコル委員会関係各位殿、こんな議長でありますので、会議予定時間は延びるものと覚悟のほど、よろしくお願いいたします。
千村 保文(Yasubumi Chimura)
株式会社OKIネットワークス セキュリティ・アンド・モビリティビジネスユニット
エグゼクティブ・スペシャリスト
兼 OKI キャリア事業本部事業統括部 上席主幹
兼 OKI IP電話普及推進センタ(IPTPC) センタ長
- ※このページに記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標です。