コラム 「IPコミュニケーションの明日を読む」
第21回: 「“書くこと”のコワさと大事さ」

[2006年2月14日掲載]
執筆: 千村 保文(Yasubumi Chimura)
沖電気工業株式会社
情報通信事業グループ アシスタント オペレーティング オフィサー
兼 OKI IP電話普及推進センター(IPTPC) センター長
私事ですが、「書く」仕事がここ数年で非常に増えた気がしています。このコラムはもちろん、書籍執筆や雑誌への寄稿、セミナーの講演資料など、多くの仕事で「書く」ことが必要とされています。しかし、「書く」ことが増えたのは、それだけではありません。電子メールやホームページ、ブログ、チャットなど、インターネットを利用したコミュニケーション・ツールも「書く」ことによって成り立っています。
しかし、「書く」ということは、非常にコワイことと感じています。
「話す」ということは、コミュニケーションする相手が特定できます。そのため、相手によって表現のニュアンスを変えたり、相手の反応を見ながら対応することも可能です。そして一般的には、コミュニケーションの内容は相手の「記憶」の中だけに留まります。
しかし、「書く」ということは「記録する」ということです。書いた文章を、特定の相手だけが読むとは必ずしも保証されません。基本的に記録は時間と空間を越えていつでも読めますし、誰が読むかもわかりません。それがインターネット上の記録ならば、なおさら読む相手の範囲は世界中に広がります。
そこで問題になるのは、コミュニケーションの「マナー」です。相手への配慮がないために誤解を受け、人間関係に支障を来すことも有り得ます。メールやチャットではなおさらです。IP電話にもテキストでのコミュニケーション・ツールが付加されてきましたが、「書く」という行為には、それだけの覚悟が伴うことを理解しておくと、より効果的なコミュニケーションが可能になるでしょう。

そのようなことを考えていた矢先に、久しぶりに「手紙」を書く機会がありました。「手紙」を書く際には思考や気持ちの準備が必要です。とくに自筆で書く場合には書き直しができない真剣さからか、筆跡にまで気持ちが現れます。私は会社の新入社員研修の報告書は、自筆で書くことを推奨しています。コミュニケーションの基本を磨くには、若いうちに「書く」ことのコワさと大事さを知って、「マナー」を身に着けてほしいと考えるからです。
インターネット上のコミュニケーションの達人になることで、世界中の人とお付き合いすることが可能になれば、これこそIP化の最大のメリットではないでしょうか。
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