対談:千村保文と夢請負人たち 斉藤 政利(取締役 事業本部長)

斉藤 政利(さいとう まさとし)
1963年、東京都生まれ。
千葉大学工学部卒業後、沖電気工業に入社。
ネットワークシステムカンパニー IPシステム本部長を経て、
2008年10月、
OKIネットワークス 取締役 事業本部長に就任、
現在に至る。
このコーナーでは、2008年10月1日に誕生したOKIネットワークスをもっと知っていただくために、「夢」をテーマにお客様の夢を叶える企業のリーダー=夢請負人たちの、新会社に賭ける思いや意気込み、事業戦略、さらにプライベートのことなどをご紹介します。ナビゲーターは、IP電話の普及推進活動の一人者・千村保文が担当します。
今回は、取締役 事業本部長の斉藤政利に話を聞きました。
[2008年11月20日掲載]
“A Sense of Urgency”を肝に銘じ、社員も会社も成長させる
千村 はじめに、斉藤取締役の“素顔”をご紹介したいので、プロフィールを少しお話いただけますか。
斉藤 何だかちょっと照れますね(笑)。私は東京生まれの群馬(桐生)育ちで、小学校では野球、中学・高校時代にはサッカーに熱中していました。根っからのスポーツ好きで、今は機会に恵まれないのですが「何かスポーツがしたい」という気持ちは常にありますね。
千村 お休みの日はどのように過ごされているんですか。
斉藤 実は、2人の子供が競泳にのめり込んでいて、この5年ほどは競泳大会への送迎と観戦・応援に追われているんです。そういう事情なので、プールサイドで空いた時間に本を読むことが一番の趣味になりました。おかげで、子供達のがんばる姿を見る傍ら、いろいろな知識を学ぶことができています。スポーツ系ということでは最近、会社の行き帰りなどによくウォーキングをしていますね。そもそもは趣味というより、メタボ対策で始めたものなんですが(笑)。
千村 勉強のほうはいかがでしたか。やはり理数系が得意だったんでしょうか。
斉藤 数学や理科で苦労しなかった分、国語や英語がからっきしだめという、ある意味“典型的な理系”でしたね。大学も電気工学を専攻して、4年生の時に入った研究室でコンピュータに興味を持ち、その開発に携われる会社に入りたいと考えました。
千村 OKIを就職先に選んだ理由は?
斉藤 地元の群馬で働きたかったので、高崎に開発拠点があることが一番の理由でした。幸い配属先が希望通りとなり、最初は高崎でストレージ関係のアーキテクチャの開発を手がけることになりました。
千村 確かOKIの留学制度で米国に行かれましたね。語学が苦手だったとすると、失礼ながら“大英断”のようにも思うのですが(笑)。
斉藤 あの時は「海外で先進的な研究をしてみたい」という気持ちが高ぶって、英語ができないことなどあまり考えずに留学を申請しましたが、許可をもらうまでの間、本当に死に物狂いで勉強しましたね。そうして1992年から2年間、スタンフォード大でストレージの高速化に関する研究に取り組みました。同じ頃に流行り始めたインターネットの知識も吸収することができて、帰国してからはインターネット系の商品企画に携わりました。その後1999年から通信部門に移り、渡米経験を生かしてインテル社との協業の推進を2年ほど担当しました。
127年の経験を強みにグローバル市場・オープン市場に臨む

千村 当社のビジネス展開に関するお考えを聞かせてください。まず、事業ビジョンとして掲げている「キャリアネットワークと企業ネットワークの融合」について、具体的にどんなイメージを描いておられますか。
斉藤 従来、キャリア様は低価格なサービスを多くの方々に満遍なく提供するという「汎用化」を推進し、一方で企業のお客様は、より自社に合った「個別化」を志向してきたと思います。つまり、両者がネットワークに求めている方向性は相反するわけです。今後の情報通信分野の発展のためには、その間を埋めることが必要不可欠です。これがすなわち、「キャリアネットワークと企業ネットワークの融合」であり、当社が果たすべき役割と認識しています。
千村 今後の情報通信分野でのもう1つ重要なキーワードとして「グローバル展開の強化」もあげられます。また、「オープン化への対応」も大きなテーマだと思います。グローバル市場、オープン市場にどのような戦略で臨んでいくお考えですか。
斉藤 まず、当社はプロダクトを中軸として、それに関連するモジュールやコンポーネント、あるいはプロフェッショナルなサービスで競合他社との差別化を図っていくという基本的なスタンスは今後も変わりません。そのうえで私が強く意識しているのは、OKIの“127年の歴史”です。
今後、情報通信分野のオープン化が進展することで、この業界に新しいプレーヤーが多数参入してくるのは間違いないでしょう。しかし、オープン化といっても、例えば音声通信の高品質化のような、当社の中に受け継がれている“匠の技術”が生かされる部分は必ず残ると思います。また、グローバル市場への展開――当社は特定領域に絞った「グローバルニッチ」の事業展開を進めていく考えですが、この点においても、長年にわたって積み重ねてきた電話のノウハウを持っていることが、強力な訴求点になると見ています。
ただし一方で、製品企画においては、国内向けに主眼を置いてきた127年の経験に縛られてはいけません。これからは、まず海外展開を想定した製品を企画したうえで、国内向けのカスタマイズを進めていくという考え方に変えていきたいと思っています。
千村 グローバル展開においては、アライアンスも非常に重要なポイントになりますね。インテルとの協業を推進されてきた経験から、アライアンスについての考えをお聞かせください。
斉藤 アライアンスは重要ですが、その進め方には十分注意しなければいけません。両者の得意な面だけでなくウィークポイントについても補完関係を明確にし、さらに現場レベルに落とし込んだ場合のディテールも詰めておかないと、思うような成果を得られないように思います。ですから、アライアンスという言葉の魅力に踊らされることなく、本当に価値のあるWIN-WINの関係を組めるかどうかを、きちんと判断・検討していきたいと考えています。
千村 ちょっと余談になりますが、今後のグローバル事業によって、当社社員が海外に出張する機会も増えるのではないかと思います。経験豊富な斉藤取締役から、海外出張時の心得を伝授していただけますか。
斉藤 想定外の質問ですね(笑)。私は出張先でフリーな時間がないと嫌で、現地スタッフが気遣ってくれるのを知りつつ、仕事の合間に自由で行動してみたいと思う性格なんです。例えば、空港から現地事務所まで送迎してもらわずに自力で行ってみる、仕事の空き時間に近くを歩いて買い物をしてみる。それによって、街の臭いというか、雰囲気や生活感を肌身で感じることができますし、そうした体験が仕事でも役に立ったりするものです。社員の皆にも、出張時の有意義な過ごし方としてぜひ勧めたいですね。
高度で効率的な企業運営にはフェース・ツー・フェースも重要

千村 斉藤取締役の現在の「夢」、OKIネットワークスで実現したいことは何ですか。
斉藤 分社化の話を聞いたとき、早く一流の企業として社会に認められるようになりたい、ということが頭に浮かびました。
千村 その実現に向けて、重視していることは何ですか。
斉藤 私がeメールのフッターに入れている言葉でもあるのですが“A Sense of Urgency”、すなわち「常に危機感を持て」を肝に銘じています。どんなときでも必ず何か課題はあるもので、「これでいいんだ」と思ってしまったら人も企業も成長はできませんからね。それから、事業運営という点では、成長著しい新興企業に学んで、30代から40代前半くらいの社員が中心となって活躍できる体制・環境を整えなければと思っています。
千村 私たち社員は、どのような心構えが必要でしょうか。
斉藤 「危機感を持つ」ということを、やはり社員全員が意識してほしいですね。加えて、「それぞれの担当分野におけるプロ意識を全員が持ってほしい」、「プロとしての誇りを持って堂々と意見・意思を出してほしい」、そして「eメールよりも電話、電話よりもフェース・ツー・フェースを徹底してほしい」の3つを、強く訴えたいですね。
千村 最後に、お客様へのメッセージをいただけますか。
斉藤 お客様には、まず「分社化しても、ご提供する製品・サービス群もお客様へのご対応も今まで同様ですからご安心ください」と申し上げたいですね。そのうえで、ここでいろいろ話したように社内のオペレーションを思い切り変えていくことによって、ビジネスのスピード・品質を向上させていきますので、多少長い目で見ていただいて、その成果にご期待いただきたいと思います。
千村 本日は、ありがとうございました。
編集後記(千村 保文)

第2回対談は、斉藤取締役です。実は、斉藤さんは今回の企画の中で、もっともやりにくい相手です。と言うのも、斉藤さんとは2000年以来、IPソリューションカンパニー、セキュリティ・アンド・モビリティカンパニーなどで一緒に仕事をしてきました。よって、お互いに相手のことを良く知っています。故に、何を話題にするかを悩みました。
まずは、事業本部長と言う立場でのお考えを聞きながら、斉藤さんのグローバルな考え方を引き出すよう苦慮しました。座右の銘に英語が出てきたときは、してやったりの気持ちでした。
英語が得意な斉藤さんの発言や考え方は、いつも直球で、言語明瞭かつ意味も明確です。とても子どもの頃に「サラリーマン」になるのが夢であったとは思えない起業家です。「グローバル・ニッチ企業になる」と言うビジョンの話題の際には、「情報通信分野のグローバルなオープン化の流れは国内企業にとって脅威ではないのか?」と言う私の問いに、「脅威はある。しかし、127年のOKIの通信の歴史を生かしたものつくりをすれば、逆にチャンスだ」との発言は、とても力強いと感じました。
実は、「eおと」と言うネーミングは、斉藤さんと私が産みの親です。2003年、高音質のIP電話機の新商品のコンセプトをOKI篠塚社長に説明する前日、「何が売りか?」、「如何に、わかりやすく、一言で表現するか」を深夜まで議論しました。お互い自宅に帰った後もメールで議論し合い、最後に決めたのが「eおと」=「いい音」でした。多分、その頃からOKIの通信の歴史を生かしたものつくりと言うことに強い思いが宿っていたのではないかと思います。
お子様の競泳の応援をしながら世界に夢を馳せる斉藤さん、私も一緒にOKIネットワークスの未来を創っていきたいと、今更ながら感じた次第です。
千村 保文(Yasubumi Chimura)
株式会社OKIネットワークス セキュリティ・アンド・モビリティビジネスユニット
エグゼクティブ・スペシャリスト
兼 OKI キャリア事業本部事業統括部 上席主幹
兼 OKI IP電話普及推進センタ(IPTPC) センタ長
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