対談:千村保文と夢請負人たち 来住 晶介(取締役社長)

来住 晶介(きし まさすけ)
1955年、神奈川県生まれ。
東京大学工学部卒業後、沖電気工業に入社。
ネットワークシステムカンパニー プレジデントを経て、
2008年10月、
OKIネットワークス 取締役社長に就任、
現在に至る。
2008年10月1日、OKIの通信事業部門が分離独立し、OKIネットワークスが誕生しました。当社の大きな目標は、NGN時代の主流となる企画提案型モデルのビジネスを中心に展開するとともに、キャリアネットワークと企業ネットワークを融合させた新しいサービスの開発・提供により、お客様の高度なニーズ=夢に応えていくことです。
このコーナーでは、新生OKIネットワークスをもっと知っていただくために、「夢」をテーマにお客様の夢を叶える企業のリーダー達=夢請負人の“生の声”をお届けします。
ナビゲーターは、IP電話の普及推進活動の一人者・千村保文が担当。新会社に賭ける思いや意気込み、具体的な事業戦略、さらにプライベートのこと等々、リーダー達の素顔を引き出していきます。
今回は、取締役社長の来住晶介に話を聞きました。
[2008年10月28日掲載]
「明るく、楽しく、前向きに」をモットーに、お客様へのよりよいプロダクト・ソリューションを創造する

千村 はじめにOKIネットワークスのトップとして、当社の強みなどのアピールポイントをお話いただけますか。
来住 一番の強みは何と言っても、市場の変化に臨機応変に対応できるスピーディで小回りの利く組織体制であること。NGN時代に企画提案型ビジネスを展開していくうえで、この形態は非常に有利です。また、大企業の一部門から650名程度の会社になったことで、お客様にもより近づくことができるようなったと思います。ですから、今まで以上にお客様の声に耳を傾け、もっとお客様の役に立つプロダクトやソリューションをご提供していかなければなりません。それが分社化の意義であり、私たちの使命だと思います。
千村 事業戦略としては、具体的にどのようなことから進めていくお考えですか。
来住 プロダクトについては、まずは従来からの事業を継続して、キャリア様向けではNGNのエッジ部分に適用するコンポーネント、企業のお客様向けにはユニファイドコミュニケーション関連のシステムを機軸に、積極的な製品開発を行っていきます。そのうえで、NGNのメリットを生かしたアプリケーションについても、OKI本体の各部門あるいは外部企業とも連携しながら、ぜひとも“キラーアプリ”と呼べるものを見つけていきたいと思っています。
千村 昨今、情報通信業界は技術的にも、市場的にも大きく変革しています。OKIネットワークスとなったことで、今後のビジネス展開に際して、強化されたい点はどのようなところでしょうか。
来住 やはり、製品企画をもっともっとレベルアップしなければなりません。情報通信の世界はオープン化が急速に進んでいて、今後は「同じベースの上にどのようなプラスアルファを組み込めるか」が競争上の重要なポイントになりますからね。国内はもとより海外への展開においても、お客様の環境や事情、国・地域の特性、さらにコンペチターの戦略や製品についても、今後もきちんとマーケティングしていく必要があります。当社では、ユニファイドコミュニケーション分野において「C3コンセプト」(Contact、 Communication、Convergenceの実現)に基づいた製品開発を行っていますが、このような取り組みをもっと積極的に進めていきます。
小さい頃からロジカルな世界が好きだった

千村 話題を変えて、社長のプライベートについても少し教えてください。この対談のテーマは「夢」なのですが、子供の頃はどんな夢をお持ちでしたか。
来住 小学生の頃は「海外に行ってみたい」という気持ちが強くあって、外交官などの仕事に憧れていましたね。
千村 大学・大学院では電気工学を専攻されましたね。やはり小さい頃から算数や理科などの科目が得意だったんですか。
来住 確かに、今思うとロジカルに答えを導き出せるものが好きでした。まあ、裏返すと国語系がとても苦手だったんです(笑)。ですから、進学するときも、理系か文系かで悩んだり迷ったりはしなかったですね。
千村 新卒でOKIに入社後に情報システム分野の業務に携わられたのは、意に沿った進路だったわけですか。
来住 大学院では音声認識技術を研究していたんですが、途中からコンピュータ(計算機)への興味が深まって、1980年にOKIに入社し、最初の配属先では当時の通産省が進めていた第5世代コンピュータプロジェクトにも携わることができました。
その後、1998年に半導体部門に異動し、2006年から通信事業に関わることになりました。こうして改めて振り返っても、通信分野での経験はまだまだ浅いので、新会社のリーダーになったとはいっても学ばなければならないことが山ほどあると思っています。
船出の決意は「論理的に、私心なく、衆知を集めて」

千村 あまりお聞きしたことはありませんが、現在のプライベートでの「夢」は何ですか。
来住 趣味の話になりますが、若い頃に「スキューバダイビングをやりたい」と思っていて、何も行動を起こさないまま50代になり、実は昨年の夏休みに一念発起してライセンスを取得したんです。格好よく言えば、忘れかけていた夢を叶えたということですね(笑)。
それからもう1つ、社会人になってからやめてしまったバイク(ツーリング)も、来年からまた始めたいなと思っています。“日常”の中心が仕事であることは当然として、仕事を忘れて何かに夢中になる時間を作ることも、非常に大事だと思いますよ。
千村 社長がアウトドア系の行動派とは意外でした(笑)。このようにお聞きすると、当社のモットーとして日頃よく口にされている「明るく、楽しく、前向きに」という言葉に相通じるものを感じますね。
来住 この言葉は、実のところ自分自身への戒めでもあるんです。周りの人から暗い性格に見られがちなのでね(笑)。それはともかく、通信業界は技術革新やNGNによる需要活性化など、将来に向けた明るい材料が揃っていますが、直近のビジネスを捉えると、このところの経済不安もあって厳しい状況にあります。しかし、こういう時こそポジティブにならないと、次へのステップを踏めないと思うんです。
千村 社長ご自身は、座右の銘をお持ちですか。
来住 特にそういったものはないですが、新会社のリーダーとして物事を判断し皆を引っ張っていくことになったとき、3つのことを心がけようと決めました。それが「論理的に、私心なく、衆知を集めて」です。自分のポジションにこだわらず、かつ部下を分け隔てすることなく、皆の意見を公平に聞き、誰もが納得できる的確な判断をしていきたいという決意ですね。
この中の「私心なく」は、当社のマネージャークラスも、ぜひ意識してほしいのです。若手社員が仕事でつらい時や悩んでいる時、声をかけてくれて本音で話せる上司がいれば救われるものです。人間には相性があって当然ですが、職場ではそういうことを考えずに部下と積極的にコミュニケーションして、明るく楽しく前向きになれる環境を作ってほしい。それが結果的に、事業の成長にもつながっていくと思っています。
千村 本日は、ありがとうございました。今後のOKIネットワークスの変革に貢献できるよう、私も頑張ります。
編集後記(千村 保文)

2004年から約4年半の間、「IPコミュニケーションの明日を読む」というテーマでコラムを連載してきました。その間に世界の情報通信業界は大きく変化してきました。電話などの音声通信において、IP電話は付加的なサービスから次世代ネットワーク(NGN)の中核サービスとなりました。また、オープン化が進み、クラウド・コンピューティングなどの技術によりSaaS等の形態のサービスも実用化され始め、業界の構造は大きく変化しています。そのようなタイミングでOKIネットワークスが設立されました。これからの情報通信業界のキーワードは非常に多岐にわたります。IP電話や無線、セキュリティを専門とする私の意見だけではなく、広くOKIグループの通信事業への取り組みを理解していただこうと、新たに「対談」という形式に衣替えしました。
第1回のOKIネットワークスをリードする来住社長は、対談でもご理解いただけるように、とてもロジカルな思考の方です。失礼ながら、お顔付きは少し強面ですが、とても気配りされる方であり、社内でも若手社員にも気軽に声をかけています。今回の対談では、プライベートな話題についても、とてもフランクに語っていただけました。私もバイクに乗っているとは知りませんでした。多忙な日常生活の合間にも「非日常の時間」を大事にされていることは素晴らしいと思います。「OKIは、明るくなったね」とお客様から言っていただけるよう、来住社長のポリシーの「明るく、楽しく、前向きに」を実践し、日本だけでなく、世界の情報通信業界で存在感のある会社になれるよう、まだまだ私も頑張ります。
千村 保文(Yasubumi Chimura)
株式会社OKIネットワークス セキュリティ・アンド・モビリティビジネスユニット
エグゼクティブ・スペシャリスト
兼 OKI 通信ビジネスグループ 上席主幹
兼 OKI IP電話普及推進センタ(IPTPC) センタ長
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